「単独親権制度が引き起こす悲劇」 大野千代(仮名)
世間でよく聞く、会わせてもらえないのは、非監護親が悪い人であるからというのはまったくの偏見です。私の再婚相手Kは、世間でも評判のマイホームパパでした。ところがある日突然、元パートナーによって子どもを連れ去られ、3年以上も引き離され、理不尽に親権を奪われた被害者のひとりです。
引き離す監護親は、裁判で引き離す理由を作らなければならないので、何ヶ月も前から下準備をしたり、子どもを洗脳して‘会いたくない’と言わせたりします。子どもが何年も全く会っていない親を自ら嫌いになることなんてありえません。それは間違いなく、監護親や周囲の大人によって刷り込まれた感情です。Kのケースが、その典型的な例です。
子どもは連れ去られたり、引き離されたりしても、父親のことが大好きです。監護親は、子どもに大好きな父親を少しでも会わせると、父親と一緒に暮らしたいと言いだすのではないかと恐れ、今度は父親に連れ去られたりするのではないかと恐れ、余計に引き離そうとします。
引き離しは所詮「悪」ですから、子どもたちもいずれ引き離されている理不尽に気が付きます。だから、引き離しを正当化するには、監護親が子どもの感情をコントロールして、自ら大好きな非監護親を嫌いにさせるしかないのです。これは子どもにとっては自殺行為で、それに気づいたときには一生後悔をしてもし切れない罪を背負うことになります。引き離しを企てた監護親が死んでもその後々まで真実は明かされません。誰もそれに責任を取ってくれる人はいないのです。
監護親が自分の感情を子どもに押し付け、非監護親を悪く言い続けることによって、子どもがどのような精神状態になるのか。Kの長男は本当の気持ちと偽りの気持ちの両方を持ち合わせたまま、生きるために今一緒に暮らす監護親の言いなりになることを選びました。彼の心は、もはや分裂してしまっていると言っても過言ではありません。「会いたい」と言う気持ちを深層心理の底に抑圧して…。
本当は会いたいと言いたいのに会いたいと言えない。本当は父と暮らしたいのに、母と暮らしたいと言わなければならない。その気持ちを嘘だと認識すれば、自分が辛いので、父親への気持ちを黙殺する。感情を素直に表すことができなくなった長男は、無気力になってしまいました。物事に善悪の判断が付けられなくなった長男は、欲望の塊になってしまいました。これは私が第三者的に見た長男の様子です。
彼は本来優しく親切な子であったのに、母親への忠誠心のために、素直な気持ちを表せず、父親に悪態をつくようになりました。そのストレスから、問題行動を起こすことが増え、勉強にも部活にも意欲的に取り組めなくなってしまいました。長男は、次男が素直に気持ちを表して父親と面会することに対して嫉妬し、嫌味を言ったりいじめたりして、常に次男を脅かす存在になってしまいました。
彼は心と裏腹な感情を表現するが故、表情や行動がとても不自然な状態となって現れています。初めて私と会った時の素直で優しい長男の姿が、両親の葛藤の板ばさみに遭ううちに、どんどん変わっていきました。いつもどこか寂しそうで、心に大きな傷を負っている感じです。しかし長く父親の元に居れば、自然に本来の長男の姿に戻り、赤ん坊のように甘える時間が増えてきます。
監護親は長男の心が父親に傾くことを恐れて、長男の面会を一泊以上させないようにしました。
たった一泊で帰ってしまう為に、その寂しさや心の傷を父親に打ち明ける時間もなく、母親への忠誠心からうわべだけの面会をやり過ごさなければならない長男の姿が悲しく映りました。その気持ちの揺れは、面会の終盤になって如実に現れていました。
彼は勉強でもスポーツでも実力が伴わず、成績が明らかに落ちています。しかしそれを父親に隠すため、成績表も見せようとしなくなりました。父親に学校や部活の様子を自慢気に話す姿が痛々しく映りました。
これぞ引き離されて洗脳されて育てられた子どもの成長後の姿だと思います。その影響は、やがて長男の心身にいろんな形で現れてくるでしょう。
現在長男は思春期に入り、心の葛藤に無理が生じ、そのしわ寄せが問題行動となって現れてきているように思えます。いろんな悩みを、母親にではなく、父親に相談したいはずです。母親に吹き込まれた感情を父親にぶつけ、自ら父親を排除してしまった長男。今や父親だけでなく、母親にも心を閉ざしてしまっています。
こんな状態になるまで、私欲を優先させた監護親が、本当に子どものことを愛してきちんと育ててきたといえるでしょうか。監護親は、親としての資質を問われるべきだと思います。
そしてこのような監護親に、現状維持というだけの理由で、親権をとらせた単独親権制度の日本にも問題があります。今後の長男の行く末によっては、国が責任を問われてもおかしくないと思います。
子どもにとっての最善の利益とは何か。連れ去り~引き離し加害者である監護親がこんなことを言っていたのを聞いたことがあります。
「まず監護親である私が幸せであること。非監護親と関わると、私の精神状態が不安定になるから、それは子どもの最善の利益に適わないから会わせられない」と。こういった考えが、子どもの福祉に適っているといえるでしょうか。監護親にどんな恨みがあろうとも、子どもの親として関わり続けることができるように配慮することが監護親の務めだと思います。
子どもの成長過程に、両親が揃って関わることは、とても大切なことです。そのために監護親が面会を何よりも最優先する努力をすることが子どもにとって最善の利益だと思います。それができない監護親は、監護から手を引くべきだと思います。そのような親は真に監護親に相応しいとは思えません。
Kの長男は小学校を卒業して、もう手遅れになってしまったように思えますが、私たちはその長男を救うことを、未だ諦めてはいません。監護親が真に大切なものを理解できない限りは、今後も子どもを救う手立てを考え続けるでしょう。