2017年05月04日 NHK 『「子ども最優先に 離婚後の面会交流」(時論公論)』
「子ども最優先に 離婚後の面会交流」(時論公論)
今日のテーマは、離婚した親が離れて暮らしている子どもと会う「面会交流」です。「夫や妻と別れても、わが子には会いたい」。面会交流を求めて裁判所に
調停を起こす親が増えています。その陰でトラブルが相次いでいて、先週、兵庫県では4歳の女の子が面会交流中に父親に殺害されるという痛ましい事件が起きました。親どうしの争いをなくし、子どもが安心して親に会えるようにするにはどうすればよいか考えます。
解説のポイントです。まず、面会交流をめぐり、どんな問題が起きているのか
見ていきます。そして、法律や制度の整備の遅れが問題を深刻化させている現状を押さえたうえで、子どもの思いを最優先した面会交流のあり方を考えたいと思います。
先週、兵庫県伊丹市のマションの部屋で父親と4歳の長女が死亡しているのが見つかりました。警察は父親が長女の首を絞めて殺害したあと自殺したとみて調べています。長女は去年、両親が離婚した後、母親と暮らしていましたが、
月に1回父親と面会交流することになっていて、その初めての面会の日に事件は起きました。
また、今年1月には長崎市で父親が別れた母親を刃物で刺して殺害し、自殺する事件が起きました。警察は母親が当時2歳の長男を父親に会わせに行って被害にあったとみています。
幼い子どもが実の親から命を絶たれた無念さ、そして、母親を奪われた苦しみを考えますと胸が痛むばかりか、どうにもやりきれない思いがします。
こうした重大な事件には至らなくとも、面会交流をめぐる夫婦間の争いは日常的に起きています。
1万2264件。これは子どもと別れて暮らしている親が1年間に全国の家庭裁判所に面会交流の調停を申し立てた件数です。10年前の2.4倍に増えていて、父親からの申し立てが急増しています。
その背景には男性の育児参加の広がりがあります。子育てに積極的に関わる父親が多くなり、妻と別れても子どもとの面会交流は続けたいと思う男性が増えているのです。
その一方で、配偶者から暴力を受けるDV、ドメスティックバイオレンスの被害を訴えて、離婚や別居をする女性も増えています。
このため、男性の側が「自分は暴力をふるった覚えはない。だから子どもに会わせてほしい」と申し出ても、女性の側はDVの被害を受けたことを理由に「夫と関わりたくない。子どもも合わせたくない」と言って応じない。
対立が広がる中で、母親が子どもを連れて家を出て所在がわからなくなったり、父親が母親の元にいる子どもを無断で連れ戻したりするトラブルが相次ぎ、その結果、板ばさみとなって苦しむ子どもが増えています。
ここで考えなければならないのは、日本では法律や制度の整備の遅れが問題を深刻化させているということです。
欧米では離婚しても双方の親に親権を認める「共同親権」が主流です。そして、離婚は面会交流の方法や養育費の分担などを取り決めたうえで裁判所が決定する仕組みになっています。
これに対し、日本は、かつては欧米でも主流だった「単独親権」をとり続けていて、離婚すると片方の親の親権が無くなることが民法で定められています。また、夫婦の話し合いだけで離婚できる「協議離婚」の制度があり、離婚の9割を占めています。このため日本では面会交流の取り決めをしないまま離婚するケースが多く、また、親権を持つ親が子どもを会わせない場合もあることから、離婚が成立した後で子どもを奪い合う争いが起きているのです。
こうした状況を改善しようと、超党派の国会議員が「親子断絶防止議員連盟」をつくり、面会交流を促進するための法案を国会に提出する準備を進めていますが、これが波紋を広げています。
検討されている法案は、離婚後も子どもが双方の親との関係を継続できるようにすることは父母の責任であるという基本理念を掲げたうえで、離婚の際に、面会交流や養育費の分担を書面で取り決めるように求めています。
また、面会交流などの取り決めをせずに別居して、子どもが片方の親と会えなくなる事態が起きないように、国や自治体は親に対する啓発活動を行うとしています。
こうした面会交流の実施を強化する動きに、夫から暴力を受けた女性たちが強く反発しています。法案には、子どもへの虐待や配偶者に対する暴力がある場合は、面会交流を行わないなど特別な配慮をすることが盛り込まれましたが、その具体的な方法は示されていません。
このため女性たちは、DVや虐待を防ぐ対策が不十分な中で安易に面会交流を進めれば、被害が一層深刻化すると訴えているのです。
親子関係を継続することが子どもの利益にならない場合があることを考慮して
慎重に議論を進める必要があります。
では、親同士の争いをなくすにはどうすればいいか。難しい問題ですが、第三者が間に入って面会交流をサポートする必要があります。
裁判所に離婚を申し立てる人が少ない日本では、複数の民間団体がそれぞれのやり方で面会交流の橋渡しをしています。その草分けとして20年以上にわたって東京や大阪などで活動している「FPIC(エフピック)・家庭問題情報センター」は家庭裁判所で調査官を務めた人たちなどによって設立されました。
当事者から面会交流の相談を受けて、相手に子どもを1人で会わせるのが不安な場合は面会場所にスタッフが付き添い、不安はないけれども相手と顔を合わせたくない場合はスタッフが子どもを相手に受け渡す手助けをしています。
そうした実績のある団体が去年から新たに始めたのが、相談に来た親たちに子どもの気持ちを理解してもらうセミナーです。
セミナーで使われるテキストには、親が離婚する前と後で、子どもが何を思い、
何に悩んでいるのか、イラストとともにわかりやすく紹介されています。
「離婚する前、親がけんかをするのは自分のせいではないかと思って苦しんでいる子どもの気持ちに気づいていますか?」「親に連れられて家を出たとき、別居している親に会いたいと思っても、一緒に暮らしている親を気遣い、本音を口に出せない辛さがわかりますか?」
セミナーに参加した親の多くが子どもを傷つけていることに気付き、子どもの視点で離婚や離婚後の親子の関係を考えるようになるといいます。
この取り組みから言えることは、親が離婚を考え始めた段階で子どもの気持ちに目を向ける機会があれば、大人の都合しか考えない、子どもから見れば身勝手な争いを防げる可能性があるということです。
そうした親への教育を離婚の手続きの中に取り入れ、制度化しているのが韓国です。韓国にも協議離婚の制度がありますが、仕組みは日本とは異なります。
まず、裁判所に申請しなければなりません。そして、3か月間の熟慮期間が設けられ、その間に裁判所で離婚が子どもに与える影響や離婚後の親の役割を学びます。そのうえで面会交流や養育費の支払いについて合意した協議書をつくり、これを裁判所に提出することで離婚が成立するのです。
こうして見てきますと、欧米や韓国では、双方の親から愛情を受け続けることが子どもの利益になると考え、面会交流の取り決めを離婚の前提条件としているのに対し、日本は子どもが蚊帳の外に置かれている状態です。
必要なのは親の思いを優先するのではなく、子どもの思いや与える影響を最優先に考えて、国が早急に離婚する親と子どもを支援する体制を整えることです。
とりわけ、DVや虐待の問題を抱える親子の面会交流は、欧米のように安全を守る監督者を付けてまで行う必要があるかどうか、慎重かつ十分な議論が必要です。
日付が変わり、きょう5月5日は「こどもの日」です。子どもの人格を重んじて、子どもの幸福を考える日です。この問題に対する社会の関心が深まることを願ってやみません。
(村田 英明 解説委員)