2016年09月29日 土井法律事務所(宮城県)ブログ 『【緊急】9月29日付朝日新聞赤石千衣子氏の親子断絶防止法案に対しての懸念に意見する』
平成28年9月29日付朝日新聞に赤石千衣子氏の(あすを探る 家族・生活)「親子断絶」防ぐ法案に懸念 という主張が掲載された。
私にはそのような依頼はないので、負け犬の遠吠えみたいなものだが、朝日新聞ということで、影響力もあることもあり、雀の涙程度の力でも、出さなければならないと思い、また、ちょっと仕事の関係もあり、緊急意見を出してみようと思った。
まず、「離婚後も親子関係の維持が現実には困難な場合が多い」ということはその通りかもしれない。しかしその理由が、「母親が父親から暴力を振るわれたり、子が虐待を受けたりする家庭は少なくない。」ということは一面化しすぎだろうと思う。
面会交流が進まない理由は、離婚後も元夫と元妻の間で葛藤が強い状態が維持されていることである。
DVや虐待がある場合はもちろん、ない場合もあると思いこむのは、感情が強く残っているからだ。
実は離婚以上に、この葛藤の持続が離婚後の子どもにとって悪影響があるということが近年主流の学説である。
とても疑問なのは、「家裁の調停で、DVや虐待があっても面会が行われる例は多い」と述べているが、先ず、事実関係に誤りがあるだろう。これは面会阻害事由になっている。
おそらく、DVや虐待の存在を主張しているにもかかわらず、裁判所において認められないというケースだと思われる。
また、男女参画室等が虐待の子どもに対する影響の教科書にも虐待があっても、面会交流をする方が子どもにとって好転するケースが多いと記されている。問題は面会の仕方なのである。この点、裁判所は、虐待が疑われる場合は機械的に面会をさせないという態度であるという実感こそ持っている。
赤石氏は「法案は、児童虐待などに「特別の配慮」を求めているが、具体的な配慮の内容は保障されていない。というが、これは当たり前だろう。
特別の配慮の内容は具体化することが望ましいが、ケースや性格によって全く異なる。敢えて言えば、面会交流支援の専門家を配置する等、制度的な問題であろう。法案に個別ケースに対応するような内容を規定するということはない。
赤石氏が「子と同居する親に、定期的な面会交流を維持するよう求めているが、親子関係は、一方の親の努力だけでは維持できない。別れた親にも「高額の贈り物をしない」など面会時の約束を守らせる規定も必要だろう。」と述べている。
一方の親の努力だけでは維持できないということは正に大賛成である。良い悪いにかかわらず、双方が高葛藤になった原因は双方にある。どちらが良いか悪いか等と言う無意味な詮索をやめて双方が安心できる面会交流のために努力するべきである。
そのためには、客観的に、かつ支援的に父親と母親の関係性を見ることができる第三者がきちんと支援するという制度が必要である。
私は家事調整センターという制度を提案している。
家事調整センター企画書
http://www001.upp.so-net.ne.jp/taijinkankei/kajityousei.html
赤石氏の主張で、子を連れて別居することを「連れ去り」と考え、防止を啓発するというのも現実的ではない。子の世話を主にする親が連れて家を出るのも「連れ去り」と称して防止すれば、世話が必要な子を置いて別居せざるを得なくなる。とある。ネーミングの問題で、双方の葛藤を高めない工夫は必要だろう。
しかし、どうも気になるのは、初めに別居ありき、後にも別居しか選択肢がないということは通常の夫婦ではありえない。紙数の関係かもしれないが、どうもそのような論調のような気がして心配だ。
問題が大きくなる前に適切な支援をする制度こそが必要だと思われる。今は、家族を壊す方向にだけ国家が助力している。修復する方向にこそ、国家は助力するべきだ。
また、大いに反対したいのが、「法案は、別居する親との交流も子の権利とする『子どもの権利条約』を根拠としているという。しかし、条約が保障する、子どもが『自由に自己の意見を表明する権利』には触れていない。子が『会いたくない』と思ってもその意見は聞かず、別居する親が面会を望めば従わせられるようにも読める。」とある箇所である。
子どもの年齢にもよるが、基本的に、子どもに親を選ばせたり、子どもに親を否定評価させるようなそんな犯罪的な制度を作るべきではない。この点だけは根本的に考え直すべきだ。
子どもを利用して離婚を有利にすることによって、子どもが精神的に立ち行かなくなる事態をたくさん見ている。子どもが同居親の感情を自分の感情として混乱し、自我の確立が困難になるからだ。
例えば
「両親が別居してしまった後で、子どもが同居親をかばい壊れていく現象とその理由」
http://doihouritu.blog.so-net.ne.jp/2015-06-10
自分の親の一方を悪と決めつけ絶対否定すれば後に傷つくのは子どもである。
養育費について言及しろという主張もあるが、強制執行の方法については既に法定化されている。むしろ、支払うモチベーションを高めることが親子断絶防止法案の趣旨にかなうだろう。
親同士の対立が激しい場合、面会のための話し合いが成立しないこともある。「家庭問題情報センター」(東京都豊島区)など、相談を受けたり、面会時に付き添ってくれたりする支援機関があるが、全国に数カ所しかない。費用も1回の利用で数万円かかることもある。まずは、支援の拡充整備が必要だ。この点は、大賛成だ。先ほどの家事調整センターは、本来税金で安定的に運営されるべきだ。いろいろな善意が活動を始めている。あとは、東京オリンピックに比べれば、雀の涙の予算をけちるかどうかだけの話だ。
最後の二赤石氏は、
そして、この法案は「家族のあり方」を問うものでもある。
家族や子どもをめぐる法律は、2000年代から、家族の多様性や個人を尊重し、家族内で暴力や虐待があった場合、個人を保護する方向で整備されてきた。配偶者暴力防止法や児童虐待防止法がそうだ。「父母と継続的な関係を持つことが子の最善の利益に資する」として、一方の親にだけ努力義務を課し、子の意見も聞かない法律ができれば、20年以上前に時計の針を戻すことになる。と述べる。
赤石氏の主張は結局どういう家族の在り方を理想とするのか不明である。家族の解体、些細なことでも離婚を勧め、相手をののしり続けることを子どもに強いるという、今の主流の在り方が家族の在り方として肯定されてよいとは思えない。子どもの健全な成長を阻害するとしか思えない。
また、どうして20年以上前に戻るのか。不明である。総じて、離婚の子どもに与える影響とその回避のために、心ある研究者たちが実証的研究や統計的調査を行ってきているが、これらの科学の成果が、赤石氏の主張にはまるで踏まえられていない。赤石氏の主張こそが、20年前の議論そのものである。
「子の最善の利益とは何か。家族とはどういうものか。幅広く、慎重な議論が行われるべきだろう。」大賛成だ。ぜひ一方通行の意見表明ではなく、幅広い意見交流を実現させていただきたい。