2014年05月26日 日本経済新聞 『「ハーグ条約」日本でも発効 希望と不安、親心揺れる 』
「ハーグ条約」日本でも発効 希望と不安、親心揺れる
国際結婚後に離婚した夫婦間の子の扱いを定めた「ハーグ条約」が今年4月、日本でも発効した。海外に連れ去られた子供を取り戻せると期待する親がいる半面、外国から元配偶者が取り返しに来るかもしれないと不安を募らせる人も。窓口となる裁判所は引き渡し現場などで子供を傷つけることがないよう、具体的運用について検討を続けている。
娘が描いた絵や手紙、写真を前に語る渡辺美穂さん
「ようやく一歩、娘に近づいた気がする」。東京都台東区の渡辺美穂さん(54)はうっすらと涙を浮かべた。9年前、米国人の元夫に長女を連れ去られて以来、娘に会いたい一心で条約への早期加盟を訴えてきた。
■娘は今どこに
1989年に結婚し、長女を授かった後に米国に移住したが、やがて夫が配偶者間暴力(DV)をふるうように。長女を連れ、逃げるように帰国した。離婚後、繰り返し面会を求めてきた元夫をふびんに思い、中学生だった長女を独りで遊びに行かせたところ、帰ってこなくなった。
元夫は米国で単独親権を得たとみられ、米国まで長女を迎えに行った渡辺さんを「日本に連れ帰れば誘拐犯になる」と脅したという。
長女は現在22歳だが、居場所は分からないままだ。一緒に暮らすことはおろか、電話で話すことさえできずにいる。
ハーグ条約で返還対象となるのは、加盟後に発生した連れ去りに限られる。加盟ですぐに返還が実現するわけではないが、渡辺さんは「国際ルールの下で夫婦間の紛争を解決する流れが強まれば、娘の件も解決の糸口が見つかるかもしれない」と前向きだ。海外では過去への遡及適用を求める動きもあるという。
外務省によると、日本人の親が国外にいる子供の返還を求める申請は4月末までに2件あった。返還まで至らなくても、子供と定期的に会えるようにする「面会交流援助」の申請も14件あり、手続きが進んでいる。
一方、子供を日本に連れ帰った親たちは不安を募らせる。条約加盟をきっかけに、海外の元配偶者が現れる可能性を懸念するためだ。十数年前に元夫に無断で子供と帰国した関東地方の女性は「元夫が連れ戻す権利を主張してくるのではないか」とおびえる。
■DVの危険も
国内の民間シェルターの関係者の多くはDV被害者らを保護する立場から条約発効の影響を懸念する。NPO法人全国女性シェルターネットの近藤恵子共同代表は「子供を日本に連れ帰ったケースでは、母親がDVを受けているケースが多い。加盟で被害者を再び危険にさらしかねない」と批判する。
日本弁護士連合会は加盟に合わせ、子供の返還や面会を求める親たちに弁護士を紹介する制度を始めたが、151人の担当弁護士のうち約6割が関東に集中。弁護士がいない県もあるという。
国際結婚の問題に詳しい金澄道子弁護士は「子供のケアに当たる福祉の専門家など、法律家以外も加わった幅広い支援の仕組みをつくる必要がある」と指摘。「子供の利益を第一に考え、個別の事情に対応できる体制づくりを急ぐべきだ」と話している。
▼ハーグ条約 正式名称は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」。一方の親が子供を無断で国外に連れ去った場合、原則として元の居住国に戻すと定めている。日本人の親が離婚後に子供を連れて帰国するケースが海外で問題化し、日本が欧米諸国から加盟を求められていた。1983年に発効、現在91カ国が加盟している。