【2016.12.17】 勉強会レポート「臨床心理士 石垣秀之氏に学ぶメンタルヘルスケア」
臨床心理士
石垣秀之氏
平成28年12月17日、親子ネットは臨床心理士の石垣秀之氏を講師にお招きし、「臨床心理士石垣秀之氏に学ぶメンタルヘルスセルフケア」と題した勉強会をとしま南池袋ミーティングルームにて開催いたしました。
講師の石垣先生は、トラウマ治療を用いて虐待を受けた子どもやDV被害者支援のご経験があり、子どものため、離婚時の養育費請求や面会交流支援を行っていらっしゃいます。親子ネット会員の皆さまは、「わが子になかなか会えない」、「成長にかかわっていくことが難しい」、「調停や裁判などで争わなければならない状況が長く続いている」・・・など、日々、つらく切ない思いを抱えていらっしゃるかと思います。
今回の勉強会では、自分の感情やメンタルの安定をいかにして保つか、について、臨床心理士であり私たちの理解者でもある石垣先生にご教授いただきましたので、ここにご報告いたします。
メンタルヘルスの必要性について
石垣先生は、「なぜメンタルヘルスが必要なのか?」についての説明から講演を開始されました。それは、子どもに与える、離婚紛争による悪い影響を減らすためであると言います。当事者(親)のメンタルヘルスが悪化すると、精神が不安定になり、怒りやすくなったり、悲しくなったりするため、子どもの母親・父親である相手方を攻撃してしまいがちであり、特に、面会交流で子どもがそのような場面に遭遇してしまうと、結局は子どもを傷つけることになってしまうと石垣先生は指摘されます。
そして、間接的には、子どもに会えないことにより親が自死、鬱病、パニック障害などに羅患した場合、子どもは「自分が悪かったのではないか」という不要な罪悪感や自責の念を抱き、拭いきれないトラウマになってしまうことがあるため、なんとか予防したいという思いがあるそうです。
次に、調停・訴訟対策としてのメンタルヘルスについて触れられました。相手方にDVを受けたと言われているが実際はそうでない場合、相手方の弁護士はDVがあったことを裁判官に認めさせたいため、怒りっぽいことを心象付けさせるために、書面や調停員・裁判官の前で指摘してくることがあります。それに乗ってしまうと必ず負けてしまうため、DVがないこと・相手方の虚偽の主張を立証するためにも、冷静でなければならないと伝えられました。
そして最後に、ポジティブ心理学について触れられました。成功すれば幸せになれると多くの日本人は教えられてきています。しかし、成功しても次の成功目標が出てくるので、成功したとしても幸せになれるかどうかは分かりません。ポジティブ心理学は、幸せであれば成功しやすいと言われており、先の訴訟の例で言えば、メンタルヘルスが安定していれば、訴訟で負けるリスクが若干減ると言えるかもしれないと指摘されました。
子どもに会えなくなってしまった時の心理状況とは
次に、石垣先生は、突然、子どもに会えなくなってしまった場合にどのような精神的な状況に置かれてしまうのかについて説明されました。まず、急性ストレス反応と呼ばれる、戦うか逃げるか固まるかという状況に陥り、過覚醒が生じるそうです。
何百年前の人間は、野生のヒョウやライオンなどに遭遇したという場面において、戦うか逃げるかを即座に決めなければなりません。このような大きなトラウマの経験をして生き延びると、同じような状況を避けるため、小さな物音にも敏感に反応するなど、アンテナが立てられた状態が過覚醒であると言います。
講演会の様子
ポジティブ感情が創造性や行動の多様化を引き出すのに対し、ネガティブ感情は行動を限定し、迷わず行動させるために進化したと考えられるそうです。また、心が傷つく限界を超えた時に、自分を守るために感じないようにすることがフリーズの1つであるとのことです。
そして、子どもが生きているにもかかわらず、突然子どもに会えなくなることは「あいまいな喪失」であると石垣先生は指摘されます。子どもが亡くなってしまった場合、直後は悲嘆反応が生じますが、時間の経過とともに回復していく自然なプロセスを得ます。
しかし、私たちのケースの場合は、子どもが亡くなってしまったわけでも、もう会えないというわけでもなく、喪失自体があいまいなため、通常の喪失とは異なり、悲しみや混乱が継続するため、回復のプロセスが妨げられるということです。また、「あいまいな喪失」の影響として、アイデンティティの混乱、自己効力感の低下、新たな人生や役割獲得の実行不全を挙げられました。
中でも、私たちが厳しい状況に置かれていることを話されました。一つは子どもに会えないことで、心理的なダメージを受けているにも関わらず、不健康であることは、監護者として不敵であるとみなされること。一方、連れ去られた後も、健康でいることは、相手方の連れ去りが、自分に害を与えていないということ。これらのダブルバインドが生じていることを指摘されました。また、孤独感は心理的・身体的に大きなダメージを与え、同居親や子どもからの拒絶は、「いじめ」と同様のストレスをもたらすと考えられるそうです。
セルフケアについて
このような状況に陥ってしまった私たちがメンタルヘルスを保つためには、「運動」が最も効果的であると石垣先生は言います。心拍数120程度の負荷がかかるような、スロージョギング・ウォーキング・スイミング・ロードバイクなどが適しているそうです。
次に、動作法という考え方について説明されました。人は緊張を感じると体が硬直すると思いがちですが、その逆で、体に慢性的な緊張が生じているために、感情に影響を与えることがあるそうです。そのため、体の緊張をほすぐための動作法のワークをみなで行いました。
続いて、抱えているストレスを緩和させるためのTFT(Thought Field Therapy)の手法を教えていただきました。例えば、子どもを連れ去られてしまったというようなつらい体験などを思い浮かべながらこの手法を実行すると、これまで心に刺さっていた棘が抜けることがあるそうなのです。
ご講演される石垣先生
まず、つらい体験を頭にイメージします。まゆの内側、黒目の下、脇の下10 cm、鎖骨の下(まめわさ)を5〜10回タッピングします。次に、小指と薬指の間をタッピングしながら、目をつぶり、目を開けます。そして、目線を右下、左下に動かし、目を回転させ、反対側にも回転させます。ハミングをし、1から5まで数えます。もう1度ハミングをし、まめわさのタッピングを繰り返した後、小指と薬指の間をタッピングしながら、目を下に向け、ゆっくり上に向け、深呼吸をします。会場の参加者で試した結果、最初にイメージをしたつらい体験の捉え方の度合いが、下がる方向に変化された方もいらっしゃいました。
続いて、石垣先生はマインドフルネスについても触れられました。マインドフルネスとは、もともと仏教の瞑想をルーツとしており、「今、ここ」の体験に注意を向けて、感覚・現実をあるがままに受け入れることが特徴です。マインドフルネスでは、呼吸に意識を向けます。たいていの人は3回目くらいで周りの状況が気になってしまうことでしょう。このように頭に雑念が浮かんだ時に、再び呼吸に集中することを繰り返すトレーニングがマインドフルネスです。
その他にも、自立訓練法やコヒーレンストレーニングもマインドフルネスと似た要素を持ち、セルフケアとして利用することが可能だそうです。そして、実際に5分くらい、姿勢を正して肩の力を抜き、目を閉じて呼吸に集中するマインドフルネスを参加者の皆で体験しました。
PTG -トラウマの後の成長- とは
石垣先生は最後に、PTG(Post traumatic growth、トラウマの後の成長)という考え方についてご説明されました。トラウマによって人はPTSD(Post traumatic Stress Disorder、心的外傷後ストレス)にもなりますが、レジリエンスによって成長する場合もあります。
逆境に耐え、崩れながらも、立ち上がることができれば、子どものPTGを支える大きなモデルに成り得ます。「お父さん、つらい体験を乗り越えたんだね」、「お母さん、頑張ったんだね」というように。そして、子どもに会えない時に、悲しむことは当然であるように、楽しみを享受することも当然なことであると石垣先生は言います。
子どもに会えるまで、自分は楽しみを感じてはいけないと思い込んでしまう人もいますが、お父さんもお母さんも幸せになってほしいと子どもは思っているはずです。自分を責め続けるのではなく、そうならざるを得ない状況に置かれてしまったと認め、自分を許すことが大事なのです。自己受容ができれば、他者受容につながり、環境を受け入れやすくなるそうです。そして、将来的には、相手方を許すところまでいけたらよいという思いを伝えられ、ご講演を締め括られました。
~ 講演を終えて ~
このたびは、石垣先生、親子ネット会員の皆様方のご協力を頂き、本勉強会が開催できましたことを、心より感謝申し上げます。またご参加下さいました皆様方に、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。