2014年08月30日 東奥日報 『ハーグ条約加盟から5カ月/変わるか「連れ去り天国」』
ハーグ条約加盟から5カ月/変わるか「連れ去り天国」
離婚などにより国境を越えて連れ去られた子どもの扱いを定めたハーグ条約に日本が正式加盟して約5カ月となり、国外への「返還命令」が言い渡される最初のケースが確認されるのは時間の問題とみられている。かつて「連れ去り天国」とやゆされていた日本に厳格な国際ルールはなじむのか。実務を担当する弁護士からは、混乱を心配する声が出始めている。
▽返還が原則
7月、英国の裁判所が、母親と渡英していた日本人の子(7)を、父親の申請に基づき、日本に帰国させる返還命令を出した。両親が別居し、母親が仕事で渡英する際に子を連れて行き、離婚調停を申し立てた-。海外での長期勤務や国際結婚が珍しくなくなった現代では特殊とはいえないケースだ。
母親側は「帰国させる予定だった」と返還命令に戸惑う。だがハーグ条約では、16歳未満の子は元の居住国に戻すのが原則。この家族も例外扱いにはされなかった。
同じ原則は、海外から日本に連れてこられた子にも当然適用される。当事者同士の話し合いが不調に終わり、返還が申し立てられれば家庭裁判所が速やかに判断し、返還命令に従わなければ強制執行もあり得る。
日本が正式に加盟したのは4月。法的手続きに時間を要することを考えても、7月の英国のケースとは逆に「日本から国外」の返還命令が出てももはや不自然ではない。
▽「拉致」と非難
人口動態統計によると、日本国内で国際結婚した夫婦(いずれかが日本人)は、1960年代後半に年間5千組以下だったのが80年代に急増し、90年以降は年2万~4万組以上で推移している。
国境を越えた「連れ去り」が増えるのは必然ともいえるが、実際にわが子を連れ去られた当事者の思いは悲痛だ。
「自分が腹を痛めて産んだ子に会えないなんて。死んだ方がましと思ったこともある」。千葉県柏市に住む女性(44)は4年前、別居中だった英国人の夫に2人の男児を連れ去られた。加盟前のケースなので、返還手続きに政府の援助は得られない。誰もいない子ども部屋には2台の勉強机が並んだままだ。
条約加盟が遅く、こうした事態に有効な対応手段を持たなかった日本は、海外から批判を浴びていた。特に米国の圧力は強く、2010年には米下院本会議が、日本への連れ去りを「拉致」と非難する決議を採択。11年には高官が公聴会で「(連れ去りは)日米関係で最も重要な問題の一つ」と発言するなど、揺さぶりは強まる一方だった。
▽文化
家族法に詳しい早稲田大の棚村政行(たなむら・まさゆき)教授は「加盟が遅れた日本には、条約を適切に運用できるか、海外から厳しい目が注がれる」と指摘する。
司法関係者らによると、東京、大阪の家裁には年間数十件の返還申し立てがあると想定され、既に裁判官と調査官の専門チームが仮想の事件で審理のシミュレーションを実施しているという。
だが家族の問題を扱う弁護士の間では不安の声が消えない。日弁連事務次長の菅沼友子(すがぬま・ともこ)弁護士は「日本では夫婦仲が険悪になると、片方が実家に子を連れ帰ることが社会的に許容されてきた。『条約の理念が日本の文化になじむのか』との意見は少なくない」と話す。
裁判所の執行官が親から子を引き離す強制執行はこれまで日本になかった法手続きだ。親が説得に応じなかったり、子が拒否したりしてトラブルになる事態もあり得る。
菅沼弁護士は「やってみなければ分からない部分も多い。手続きの王道のような流れができるまでには、時間がかかるだろう」と話している。
(共同通信社)